大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)1948号 判決

上告人

周藤末光

右訴訟代理人弁護士

岡本好司

鈴木銀治郎

上告人

吉良絲子

右訴訟代理人弁護士

高松薫

被上告人

本吉千世子

石田淑惠

木塚康夫

横島裕

丸山惠美子

右五名訴訟代理人弁護士

角尾隆信

仲田信範

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

一  上告人周藤末光代理人岡本好司、同鈴木銀治郎、上告人吉良絲子代理人高松薫の上告理由第一、第二について

1  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(一)  第一審判決添付物件目録(二)及び(三)記載の土地(以下、それぞれ「本件一土地」及び「本件二土地」という。)は、従前は一筆の土地(以下「従前地」という。)であって、根津育英会、次いで国土計画株式会社の所有であった。被上告人らの先代木塚芳次は、従前地を根津育英会から賃借し、その上に同目録(一)冒頭記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、これを上告人らに賃貸してその賃料収入により生活していた。

(二)  上告人周藤末光は、従前地から分筆された本件一土地を、また上告人吉良絲子は、同じく本件二土地を、いずれも昭和五六年三月一七日ころ前所有者国土計画株式会社から買い受けて、それぞれその所有権を取得した。なお、上告人らは、芳次の借地権の存在を前提として、本件各土地を更地価格の二割程度の価格で買い受けたものである。

(三)  芳次の借地権は、平成元年六月三〇日に期間が満了することとなったところ、上告人周藤は昭和六三年一二月五日付け通知書により、上告人吉良は平成元年八月九日付け通知書により、それぞれ芳次に対し借地契約の更新拒絶の意思表示をした。

(四)  芳次は平成元年八月一五日に死亡し、その妻(記録によれば、訴訟承継前の第一審被告であったが、第一審係属中の平成二年一月一四日に死亡し、被上告人らがこれを承継したものである。)及びその子又は孫である被上告人らが芳次の本件各土地の借地権を相続したが、同人らが相続税の申告をしたところ、本件各土地の借地権の価格は一億九九四五万一三九七円と評価され、右借地権を含む芳次の遺産の相続については、一八〇三万八五〇〇円の相続税が課せられることとなった。

(五)  その後、被上告人らは、本件各土地の借地権を他に譲渡して前記相続税の支払い等に充てることを意図して、東京地方裁判所に本件各土地の賃借権の譲渡許可を求める借地非訟事件の申立てをした。他方、上告人らは、同裁判所に本件建物の収去と本件各土地の明渡しとを求めて本訴を提起した。そして、平成二年八月三一日に右借地非訟事件の申立てを認容する決定がされたが、右事件の鑑定委員会は、本件各土地の更地価格は一〇億八〇〇〇万円、本件各土地の借地権の価格はその七五パーセント程度と評価していた(なお、記録によれば、右決定は、被上告人らが裁判確定の日から三か月以内に、上告人周藤に対し四六〇四万四〇〇〇円、上告人吉良に対し三四九五万六〇〇〇円を支払うことを条件として、本件各土地の賃借権を他に譲渡することを許可していることが明らかである。)。

(六)  上告人らは、本件各土地上に隣接地主らと共同で高層建物を建築する計画を有しているのに対し、被上告人らは、前記のとおり、本件各土地の借地権を他に譲渡して前記相続税の支払等に充てる意向を有している。本件建物は、現に上告人らの店舗、住宅として使用されており、いまだ朽廃の状態に至っているとはいえない。

2  ところで、借地法四条一項ただし書にいう正当の事由の有無は、土地所有者側の事情のみならず借地権者側の事情をも総合的にしんしゃくした上で、これを判断すべきものである(最高裁昭和三四年(オ)第五〇二号同三七年六月六日大法廷判決・民集一六巻七号一二六五頁参照)。

これを本件についてみるのに、前示事実関係によれば、本件建物の賃借人である上告人らが、芳次の借地権が存在することを前提として本件各土地を安価で買い受け、芳次に対して借地契約の更新拒絶の意思表示をしたという事情の下で、財産的価値の高い借地権を相続したことにより多額の相続税の支払をしなければならない状況にある被上告人らが、その借地権を他に譲渡して得られる金銭を右相続税の支払に充てるために、右譲渡許可を求める借地非訟事件の申立てをしたというのであり、また、上告人らは、現に本件建物及びその敷地である本件各土地を自ら使用しているのであって、借地契約を終了させなくとも右の使用自体には支障がなく、本件各土地の借地権が譲渡されたとしても、その後の土地利用計画について譲受人らと協議することが可能であるなどの事情があることが明らかである。そうすると、右のような上告人らと被上告人ら双方の事情を総合的に考慮した上で上告人らの更新拒絶につき正当の事由があるということはできないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

二  その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを非難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告人周藤末光代理人岡本好司、同鈴木銀治郎、上告人吉良絲子代理人高松薫の上告理由

第一 本事件の特色と問題点

一 本件の借地は、昭和一四年七月に故木塚芳次(明治二八年生)が、当時の土地所有者根津育英会から自己の居住用として木造建物を所有するため賃借したことに始まり、現在まで既に五〇年以上が経過し、戦災による焼失、昭和二五年以降の再築後既に四〇年以上が経過し、建物は修繕を繰り返し朽廃もしくは朽廃寸前にあるものである。

故木塚芳次は、当初自らの居住用として賃借したものであるが、昭和一八年頃藤沢市に移転し、その必要が無くなり、その後は木製ひき物業の仕事場として利用していたが、高齢にともないその仕事も了し、昭和三七年以降上告人らが建物を賃借し居住しているものである。

故木塚芳次は、平成元年八月に死亡(九四歳)、その妻木塚う(明治二八年生)も翌平成二年一月死亡している。さらに、借地契約も、昭和四四年六月、満三〇年の期間を満了して更新され、平成元年六月、さらに二〇年目の期間満了が到来したものである。

二 本件借地権は、正しく借地権としての目的効用を全し、任務を終了したものということができるものであり、借地法第四条一項但書の「正当事由」に、端的に該当するものである。

しかるに、被上告人らは、上告人らからの明渡請求に対し建物を譲渡し、経済的利益を図ろうとし借地法第九条の二の賃借権譲渡許可の申立をして、正当事由を争っているものである。

三 原判決は、被上告人らの賃借権譲渡による経済的利益をもって上告人らの「正当事由」なしと認定したものであるが、これは、借地権の本質について誤解しているものであり、借地法の「正当事由」の解釈を誤り、憲法二九条で保障する財産権を不法に侵害するものといわざるをえない。

第二 借地法第四条一項但書の「正当事由」と憲法第二九条違反

原判決は、借地法第四条一項但書の「正当事由」の解釈、適用を誤った違法があり、このことは最高裁判所昭和三七年六月六日の判例の趣旨に違背するばかりか、財産権を保障した憲法第二九条に違反するものであり、破棄されるべきものである。

一 本件訴訟は、上告人らが借地法四条一項但書の「正当事由」をもって更新に異議を述べ明渡しを求めた、それに対して被上告人らは、借地期間満了時において、(一)引続き借地する必要性が無くなったことを理由に、(二)建物を譲渡したいと主張して、土地賃借権の譲渡許可の申立をして対抗した事件である。

本件事件の核心は、正に土地所有者で地上建物の借家人でもある上告人らが、借地法第四条一項但書に基づいて「正当事由」をもってする更新拒絶による本件土地明渡を求めたことに対して、借地人であり建物賃貸人である被上告人らが、自ら土地を継続的に使用するためでなく、その譲渡に伴う借地権の経済的利益の追及のために、借地契約の更新を求めたものであり、正しくそのような更新が適法か否かを問う事件である。

通常、借地法四条一項但書の訴訟は、互いにその土地の具体的な土地利用の必要性が争点となるが、本件は被上告人らが「引続きその土地を利用する必要性」を争わない極めて特殊な事件である。

被上告人らは、すでに本件建物も老朽化し、従前から長い間自らの居住等に使用しておらず、このため継続して借地として使用する意思が全く無くなったことから、借地期間満了に際し、借地権を譲渡しようとし、賃借権譲渡許可の申立(借地法第九条の二)をしたものである。

二 正当事由に関する基本的判例(最高裁判所 昭和三七年六月六日大法廷判決、民集第一六巻第七号一二六五号)は、借地法四条一項について「借地権消滅に際し、土地所有者がその所有権の本来の権能を回復することにつき有する利益と、借地権者が一度獲得した土地使用の権能をさらに保持することにつき有する利益の調節を図ることを内容とするものであ」るとし、また「土地所有者が自ら土地を使用することを必要とする場合においても、土地の使用を継続することにつき借地権側がもつ必要性を参酌し」て正当事由を判断すべきとしている。すなわち、「土地所有者の自ら土地を使用する必要性」と、「借地人の土地使用継続の必要性」を参酌して比較考量の上判断しなければならないとされている。

本事件は、土地所有者である上告人らの土地使用の必要性はあるが、借地人に土地使用の継続の必要性が無い事案である。

三 原判決引用の第一審判決は、「亡芳次及び被告らが、本件土地上の建物を賃貸物件として利用してきたこと、及び本件土地賃借権が相当な財産的価値を有するものであることは、前示のとおりであって、それ自体法的に保護すべきであるから、これを換価して金銭に替えることは何ら不相当なことではなく、右事実があるからといって、被告らが本件土地を必要としない証左とはなり得ない。」として、本件土地賃借権自体の客観的財産的価値を認めそれ自体法的に保護すべき利益であるとして、借地人自らの具体的な土地利用の継続の必要性が無くとも、借地権自体の経済的価値があることを以って、上告人らに正当事由が無い旨認定した。

これは、前記最高裁判所判決と相反する判断をなしているものであり、借地法第四条一項の正当事由の解釈を誤る違法なものである。また、このことは、土地賃借権の期間満了における正当事由に基づく消滅の余地をなくし、土地所有権に対する制限を恒久的に認める結果となり、近時の借地法改正の動向に逆行するものであるばかりか、憲法第二九条一項・二項に違反するものである。

四 前記最高裁判所判決は、「土地所有者は、正当の事由ある場合には更新を拒絶して土地を回復することができるのであるから、所論のごとく、所有権を単なる地代徴収権と化し又はその内容を空虚にするものと言うことを得ない。」としている。本件の事案は、正しく、上告人らの土地所有権が単なる地代徴収権と化し内容を空虚とされたものであり、土地所有権の侵害に著しいものがある。

よって、前記最高裁判所の判例の趣旨を逸脱し、憲法第二九条に違反するものであり、破棄されるべきものである。

第三ないし第六〈省略〉

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